「絵本はスラスラ読めるのに、いざ書くとなると手がぴたっと止まる」「読めるんだから、書けるはずでしょう、とつい思ってしまう」。その不思議なギャップに、戸惑っていませんか。やる気がないだけに見えて、つい「ちゃんとやりなさい」と言いたくなる。でも本当にサボっているのか、自信が持てない。そんなモヤモヤを抱えている方も多いと思います。
先に、誤解をほどく結論をお伝えします。「読めるのに書けない」のは、まったくの正常で、怠けでも手抜きでもありません。 読む力と書く力は、脳の使い方がまるで違うからです。むしろ「読める」段階まで来ているのは、しっかり力がついている証拠。あとは書く力が、これから追いついてくるだけなのです。なぜ書くほうが難しいのか、どうハードルを下げればいいのかを、順番にお話ししますね。
読むは「見分ける」、書くは「思い出して作り出す」
読むというのは、目の前にある文字を見て「これは『あ』だ」と見分ける力です。お手本が、ちゃんとそこにあります。一方、書くというのは、頭の中から「『あ』ってどんな形だったかな」と思い出して、手で再現する力です。お手本は、頭の中にしかありません。つまり、書くほうが何倍も難しい作業なのです。
「読めるのに書けない」は、より難しいことがまだできないだけ。順番として、ごく当たり前のことなのです。
書くとき、子どもの中で起きている「3つの負担」
「書く」という一つの動作の中で、子どもは実は3つのことを同時にこなしています。これを知っておくと、「なんで書けないの」が「そりゃ大変だ」に変わります。
| 負担 | どんなこと? | ここでつまずくと |
|---|---|---|
| ①思い出す | 何も見ずに「あ」の形を記憶から呼び出す | 手が止まる/「どんな形だっけ?」となる |
| ②形を組み立てる | 線の向き・つながり・バランスを頭で組む | 線がバラバラ/一部だけ抜ける |
| ③手で再現する | 鉛筆を思いどおりに動かして書く | 形は分かるのに手が追いつかない |
このうち③は、手先の発達(運筆)も関わってきます。頭の中で形が分かっていても、手がまだ追いついていないことも多いもの。これは反復練習でどうにかするものというより、体の成長とともに、ゆっくり育っていく部分です。形は覚えているのに線がガタガタになる、という場合は、字が汚い子への運筆サポートの話のほうが近いかもしれません。つまり「読めるのに書けない」は、この3つの負担が重なって、まだ全部を同時にこなしきれていないだけ。能力ではなく、順番の問題なのです。
「怠けてる」と誤解すると、何が起きる?
「読めるんだから、やればできるはず」と思い込んでしまうと、つい責めたくなります。でも子どもは、サボっているのではなく、本当に難しくて困っているのです。やりがちな声かけを、少し言いかえてみましょう。
| ついやりがちな声かけ | こう言いかえる |
|---|---|
| 「読めるのに、なんで書けないの」 | 「読むより書くほうが難しいんだよ。ゆっくりでいいよ」 |
| 「ちゃんとやりなさい」 | 「いっしょになぞるとこからやってみよう」 |
| 「さっき読めてたでしょ」 | 「読めるってすごいこと。書くのはこれからだね」 |
そこを責められた子は、「できない自分はダメなんだ」と感じ、書くこと自体をますます避けるようになってしまいます。逆に、まず「これは難しいことなんだ」と親が理解するだけで、自然と声かけがやさしくなり、子どもも安心して挑戦できるようになります。最初のボタンは、テクニックではなく、この理解から掛け違えないことが肝心です。
書くハードルを下げる「4つの足場」
いきなり書かせようとせず、足場を組んでハードルをぐっと下げていきましょう。下の4つは、どれも「3つの負担」を1つずつ減らしてあげる工夫です。
| 足場 | やること | どの負担が軽くなる? |
|---|---|---|
| 大きく書く | 小さいマスでなく、大きなマスや白い紙にのびのびと | ③手で再現する負担が減る |
| なぞり書き | お手本をなぞるところから始める | ①思い出す負担がなくなる |
| 1日1〜2文字 | 46文字を一度に求めず、少しずつ | 全部の負担が一度に来ない |
| 好きな言葉 | 「ぱぱ」「だいすき」など本人が書きたい言葉から | やる気が負担を上回る |
何もないところに思い出して書くのは最難関なので、まずは「なぞり書き」で①の負担を取り除いてあげるのが効果的です。書く前に指で空中になぞって形を体に入れるのもいいですね。きれいに書かせようと消しゴムを何度も使わせず、多少ゆがんでいても「書けた」をOKにしてあげてください。きれいさは、あとから必ずついてきます。
そして、上手か下手かより、「自分で書けたね! それがいちばんすごいよ」と、挑戦したことそのものをほめてあげましょう。
書いた字を「練習帳の外」に持ち出す
書けた字を、ただ練習帳の中で終わらせないのも、ひとつのコツです。書けたひらがなで、おばあちゃんへの短いお手紙を書いてポストに入れる。冷蔵庫に貼って家族に見てもらう。買い物メモを1文字だけ担当してもらう。「書いた字が、誰かの役に立った」「見てもらえた」という体験は、ドリルを何枚もこなすより、ずっと強く子どもの「また書きたい」を育てます。
書く目的が「練習のため」から「伝えるため」に変わると、手の止まりも少しずつほどけていきます。
以前、書く練習を頑なに嫌がる男の子がいました。なぞり書きすら拒否していたのですが、大好きなおじいちゃんに「だいすき」とだけ書いた手紙を出してみたら、お返事が届いた。それがうれしくて、次は「げんき?」と自分から書きたがるように。書くことが「やらされる勉強」から「気持ちを届ける手段」に変わった瞬間でした。子どもを動かすのは、ドリルの枚数ではなく、「書いてよかった」という小さな成功体験なのです。
「手で再現する力」は、遊びの中で育つ
3つの負担のうち、③の「手で再現する」は、机に向かう練習だけで育つものではありません。鉛筆を思いどおりに動かすには、指先を細かく使う力(巧緻性)が必要で、これは日々の遊びの中でぐんぐん育ちます。書く練習に親子で疲れてきたら、いったん鉛筆を置いて、手を使う遊びに切り替えるのも立派な「書く力の練習」です。
たとえば、粘土をこねる、シールを台紙からはがして貼る、洗濯ばさみをつまんでとめる、ビーズやマカロニに紐を通す、折り紙を折る。どれも指先をたっぷり使う遊びです。こうした遊びで手が育つと、鉛筆のコントロールも安定し、「思い出せているのに手が追いつかない」もどかしさが、少しずつ減っていきます。「書けるようにするために遊ぶ」なんて、ちょっと意外かもしれませんが、低学年のうちは、遊びと学びの境界はとてもあいまいなのです。
それでも、ほかの子と比べて書く力の差がとても大きい気がする、生活の中でも気になることが続く、という場合は、発達には大きな個人差があるので、ひとりで判断しようとせず、担任の先生やスクールカウンセラー、地域の相談窓口に一度様子を伝えてみてください。家庭で「これは問題なのか」と抱え込むより、専門家に共有するほうが、ずっと気持ちが軽くなります。
よくある質問
Q. 読めるのに書けないのは、学習の遅れですか?
A. いいえ、低学年ではごくふつうの順番です。読む(見分ける)より書く(思い出して作り出す)ほうがずっと難しいので、書く力は少し遅れて育ちます。読めている時点で、土台はしっかりできています。あせらず、書く力が追いつくのを待ってあげて大丈夫です。
Q. なぞり書きばかりだと、自分で書けるようにならないのでは?
A. 心配いりません。なぞり書きは「思い出す」負担を一時的に外して、書く動きに集中させる足場です。慣れてきたら、お手本を少しずつ薄くしたり、見本を隣に置いて写したりと、段階的に負担を戻していけば、自然と何も見ずに書けるようになっていきます。
Q. 何度も書かせれば、早く書けるようになりますか?
A. 量を増やすより、ハードルを下げるほうが効きます。書くのが嫌になってしまうと、かえって遠回りです。1日1〜2文字を、好きな言葉から楽しく。少ない回数でも「書けた」を積み重ねるほうが、しっかり定着します。
Q. 手が止まると、つい代わりに書いてしまいます。だめでしょうか?
A. たまになら大丈夫ですが、いつも代わりに書くと「自分で思い出す」機会が減ってしまいます。手が止まったら、答えを書いてあげるのではなく、「最初はどの線からだったかな?」と書き出しだけ一緒に思い出すと、子ども自身の力で続きが出てくることがよくあります。
書く力は「これから追いついてくる」
「読めるのに書けない」のは、怠けではなく、読む力と書く力では難しさがまるで違うからです。書くときには、思い出す・形を組み立てる・手で再現するという3つの負担が同時にかかります。だから書くほうがずっと難しく、手の発達も必要で、あとから追いついてくるのが自然な順番です。大きな紙、なぞり書き、1日1文字、好きな言葉。足場をうんと低くしてあげれば、子どもは「書けた!」を一つずつ積み重ねていけます。
「読めるのに、どうして?」と、つい不思議でもどかしくなりますよね。でも、読めている時点で、お子さんはもう大きな一歩を踏み出しています。今日は好きな言葉をひとつ選んで、「これ、なぞって書いてみる?」と、なぞり書きから誘ってみてください。「書けた」の一回が、自信の出発点になります。焦らず、その子のペースで大丈夫ですよ。
ひらがなのつまずき全体を見渡して、ほかの入り口も確かめたいときは、どこから手をつければいいかを整理した入り口ガイドも読んでみてくださいね。

