新井紀子「AI vs 教科書が読めない子どもたち」 学習塾が取り組むべき課題は何か考えた

「東ロボくん」でおなじみの国立情報学研究所の方の本。
「東ロボくん」はもちろん知っていましたし、また教科書が読めない子どもという話題も知っており、今年から保護者会のネタに使っています。
未来をしょって立つ子どもたちを育てるために、いろいろ考えさせられる本でした。

AIには限界がある

前半は「東ロボくん」プロジェクトの様子を織り交ぜながら、AIの限界について論じています。
「将棋や囲碁の世界ではAIが人間に勝つ」「クイズ番組でAIが人間に勝つ」
など、AIの進化は目覚ましい昨今。
「多くの仕事がAIにとってかわられる」ということはいろんなところで言われています。

しかしながら、「AIは計算機である」という文言がたびたび出てきます。
つまり、決まったルールがある中であれば実力を発揮することができますが、限界、すなわち最大の弱点があります。
それは「コンピュータは意味を理解しないこと」。

例えばグーグル翻訳の例。統計的によさそうなものが出力されるので、こういったことがあるようです。

入力 私は先週、山口と広島へ行った。
出力 I went to Yamaguchi and Hiroshima last week.
正しい翻訳です。けれども、山口は実は山口県のことではなく、友人の山口だったらどうでしょう。誤訳になってしまいます。
(本書 P145-146 より引用)

本書を読んでいて驚いたのが、どうして東ロボくんは英語のセンター試験で点数が取れないのか、という点。
150億の英文を覚えさせ、ディープラーニングさせても、一定以上より点数が上がらなかったそうです。
そもそも長文読解問題を解くのにはAIは向いていませんし、また、文法問題についても、なるほど、そういう仕組みでAIが動いているのか、とよくわかります。

Siriで検索の例も面白いですね。
私の端末はAndroidなので、Googleの音声検索で試したところ、本書に書いてあるよりは精度が上がっているようです。

教科書の読めない子ども

そんな中、教科書がまともに読めない子どもたちが増えています。
以前に国立情報学研究所のホームページで見ましたが、本書ではさらに詳しく回答の分析がなされています。

読んでいくと、AIでも可能である表層的な意味の読み方において、中学生の2割から3割はほとんどできていない、ということ。
またAIと差別化すべき意味を読み取る読解力においても、分野によっては7割の子供ができていないといいます。
(ここでいうできていない、とは、選択問題において、例えば4択問題の正答率が25%程度かそれ以下、のように、あてずっぽうで選ぶ程度かそれ以下の正答率のことを指します)

筆者は「読解力」の不足を指摘し、そのうえで、アクティブラーニングに対して警鐘を鳴らします。
意味の理解ができないまま、話し合いを進めることで、まったくの誤りが正しいとされてしまう危険すらある、と述べます。

学校の授業もままならない、しかもAIの得意分野すらできないまま大人になっていく子たちが少なくない。
こうなると、「教育」に対して相当意識を変えていく必要がありそうです。

まとめ

ここで私教育のことをちょっと考えてみます。

学習塾、予備校、家庭教師…は結果が求められる業界。
「結果」とはテストの点数だったり、入試だったり。
かなり乱暴な言い方をすれば、国の教育制度があるからこそ成り立っている業界。
公教育(学校制度)と私教育の上下関係がすぐに変わるものではありません。
もっとも、大手予備校の模試やサテライト授業を学校が取り入れていたり、予備校教師が学校で授業していたりしています。
しかしながら、これもまた予備校が持つ「受験指導」の力を学校が頼っているだけなので、結局「6.3.3.4制」に依拠している、と言えるでしょう。

以前から、「合格実績」とか「成績保証」とか、学習塾がそこを売りにしていくことに違和感がありました。
もちろん、否定はしませんし、先にも述べたように結果が求められる世界だから当然の部分もあります。
しかし、私自身がそれらを売りにすることはないだろう、と創業当初から考えていました。
その考えは間違ってなかったかもしれません。

従来型の知識詰込みがAIの発達により、「知識がある」という意味での「頭がいい」だけでは社会に出ても勝負できなくなっている昨今。
根本から、「子供たちをどう育てるか」という問いに考える必要がありそうです。

そんな将来への不安が高まる中、私教育こそ子どもたちをしっかり育てることができる可能性を持っているのかもしれません。
何ができるか、というところをすぐに考え始めないと、ですね。