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千葉リョウコ「うちの子は字が書けない」 本人に合うトレーニングの大切さ

前々から家内に勧められていたもの。
幸いにして自分が大きな障害を持たずにここまできたため、普段から子どもと接しつつもなかなか障害について理解できていません。
今後の指導に向けて非常に参考になりました。

「発達性読み書き障害」とは

発達障害の一種で 知能や聴いて理解する力には問題がないとしても 読み書きの能力だけに特に困難を示す症状
練習しても音読できないとか
音読できたとしてもスピードが遅いとか
漢字や仮名の形を思い出すことが難しい場合もそう
(本書P5から引用)

40人学級で3人の割合でいると言われている、この障害。
私が小学生のときにもおそらく、読み書きが不自由する子がいたのでしょうが、気づかれていなかったのでしょう。
むしろ、「勉強が足りない」とか言われて、ひたすら放課後残されていたり、大量の宿題を出されていたりしていたのかもしれません。

私が見てきた中でも読み書きの苦手な子はたくさんいました。
その中に見過ごしてきた子がいたのかな、と思うと申し訳ない気持ちになってしまいます。

高校生までの成長記録

この本には、息子さんが様々な困難を乗り越えて高校生になったところまでをドキュメンタリータッチの漫画で描かれています。
低学年で筆者は異変を感じ、通級指導教室(小学校で通常学級に通いながら週に何回か個別指導をしてもらう)の利用をします。
小学校6年生でやっと「発達性読み書き障害」の診断が下り、障害に合わせたトレーニングを始める息子さん。

「あ、こういうところで突っかかるんだ」ということがたくさん紹介されていて驚きます。

「●年生なんだから、●●くらいできて当たり前でしょ」
というのは、こちらの価値観の押し付けでしかない。

その子に合ったトレーニングの重要さ

主人公である息子さんがどのようにして漢字を覚えたか、その具体例がとても興味深い。

そして何より、高校受験を控えた息子さんの

「自分なりの得意な『覚え方』みたいなのがだんだんわかってきて前よりも色んな事が覚えやすくなってきたんだよね」

というセリフに感動。

その子に合ったトレーニングや学習最適である証拠ですね。

「合理的配慮」の限界?

障害者差別解消法が施行され、学校や企業、官公庁に合理的配慮が求められるようになりました。
障害の特性に応じて、柔軟な対応が求められる、というわけです。

本書でも学校のテストで合理的配慮を求める、求めないで家族や学校との話し合いがなされている場面が描かれています。
配慮を求める側も求められる側もなかなか配慮の適用に二の足を踏む様子が描かれています。

10年以上前から、駅や交差点の表示が多言語表記になったり、案内用の図記号が変わったり、誰もが分かる形に変わっています。
また、ユニバーサルデザインもここ数年どんどんひろがっています。
このこと自体はとてもいい。

ただし、「よかれ」と思ったことが必ずしも喜ばれない、というのもまた真実。

「僕だけ特別扱い」

というセリフにドキッとさせられます。

まとめ

「学習塾」は「学校の学習についていく」「できるようになる」「難関校に合格する」というのが目的とされています。
言い換えれば、決まったことや要求されたことで確実に結果を出す、ための支援の場、とみられてきています。

しかし、子供の成長はもっと多様なものだし、少なくとも「みんなが同じことを同じようにできる」教育では今後の社会で役に立つかは分かりません。

これからの塾はお子さん一人一人にの正確やニーズに合った形で学習支援をし、一緒に将来を考えていくことが大切。
そのためにも、まだまだ私は知識不足。

塾がもっとお子さんのことをなんでも気軽に相談できる場でありたい、改めて強く感じさせられました。

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